| 介護の仕事をしていて、強く感じることがいくつかあります。
一つは、人間にとって何が不幸で何が幸福かということです。 老人に向かって「お気の毒に」とか「かわいそうに」とか言い過ぎるように思います。 誰がどう言おうが、それは本人にしか分からないと思います。 不幸に思えても、それは見ている人の主観に過ぎません。 本人が不幸だと思っているかは、別問題です。 他人が軽々に言うべき問題ではないと思います。
もう一つは、死ということです。 死を恐れるのはなぜでしょうか。 死にたくないと思うのはなぜでしょうか。 生きているものは全て死ぬということを知っているにも拘わらず、なぜ死を恐れるのでしょうか。
死ぬことは不幸なことなのでしょうか。 「あの家に不幸があった」というのは、「あの家で誰かが死んだ」ということですね。 この表現は「死ぬことは不幸なことだ」と言っています。 本当にそうなのでしょうか。 死ぬことは誰にとって不幸なのでしょうか。 死ぬことは不幸だと、誰がどうやって確かめたのでしょう。 死んだこともないのに、なぜそう言えるのでしょうか。 誰もが死ぬということは、誰もが不幸になるということでしょうか。 私たちは、死という不幸を迎えるためにこの世に生まれ、毎日生きているのでしょうか。
他人の生き様をみてその人が幸福であるとか不幸であるとか言ってみたり、他人の死を不幸と決めつけたりしてよいものでしょうか。
私どものデイサービスを利用してくださる方およびその家族の方の中には、自分の最後を私どものデイサービスで迎えたい、救急搬送はしないで欲しいとおっ
しゃる方が多数おられます。 延命治療はしないで欲しいとはっきりおっしゃる方がおられます。 介護をするものとして、毎日考えさせられています。 |